グレイズ ラビリンス
ⅰ 瞳の遭遇~灰原美紀
「あっ、また会った」
と言う母に私の口からでるのは
「ミキとの遭遇」
そのまま通り過ぎて出かける準備をしている母の顔に笑顔が零れた気がして、私も笑いながら
「分かった?」
なんて言えば、
「分かってるわよ!」
と笑い声が零れて、
「"未知"との遭遇(映画のタイトル)に掛けたんだよ」
と私の笑い声も母の笑い声に重なる。
穏やかで和やかな日常のひと時。
キキキ- ドゴンッ
14時37分 御臨終ですーー
そんな日常が壊れる日なんて、誰が想像した?
あの日、母は帰らぬ人となった。
赤信号を無視して侵入してきたトラックと母が運転する車が衝突。
ほぼ即死だったそうだ。
涙は出なかった。
ただ目の前の、残された者がやるべき事をこなしていった。
とはいっても、私は中学入ったばかりの子供だったから、ほとんど叔父や母方の祖母家族に任せっきりだったが。
私は薄情な娘と思われたかもしれない。
それでも、いいと思った。
一度涙したら、もう止まることさえないように感じた。
母の死を本当に受け入れてしまったようで嫌だったからーー
あれから4回目の春を迎え、私ーー灰原美紀は高校3年生になっていた。
教室の窓から暖かい匂いを帯びた風が入る。
私は肩肘を机につき、その手を頭の支えにして、窓辺をボ-と眺めていた。
風で紛れ込んだ桜の花びらが私の机上で止まった。
「美紀!何を昼休みなのにボケてるのよ」
肩を揺さぶられ、崩れそうになるバランスを崩してなるものかと確固たる決意を元に耐え切り、気だるそうに私は声の主の方に顔を向けた。
「ボケてるんじゃなくて、ボーとしてるの。相変わらず、元気ね。真奈美は……」
少し口を膨らまし怒ったふうな態度を取る目の前の彼女--岡本真奈美は中学時代からの親友で、私の母が亡くなった事も知っている。
あれ以来、"口数が減って、面白くない"といって、真奈美は私を見かければ直々声をかけてくる。
元々、どちらかと言えば話すより、聞く方が好きな事は自分でも分かっていたし、口ベタな事を気にしたこともあったが、今ではそんなことはどうでもいいと思うようになった。
"美紀ってね。口数少ないけど、一つ一つの反応が面白いだよね!あっ、もちろん馬鹿にしてるんじゃないからね"なんて、目の前で両手を振って否定の素振りを見せていた真奈美がいたからだろう。
持つべきは友だなとしみじみと感じた。
「じじくさいこと言わないでよ」
真奈美は少し大げさに机を叩いた。
「食後だよ。私は眠くて仕方ないの」
欠伸を噛み締めていると、おもむろに体が揺れた。
気づけば、真奈美が私の手をとり、窓辺に進む。
「じゃあ、ここで日向ぼっこしよ」
窓の手すりに共に頭を預け、さっきと同じくボーと外を眺める。
クラスが分かれてもこうやって、私を気にしてくれるこの友は本当にいい奴だと思いながら、目の前に聳(そび)える桜の木を眺めた。
この季節は嫌いだけど、好きだった。
この温もりがなんだか、私を優しく包み混んでくれるようで……
横を見れば真奈美がジッと私を見ていた。
「美紀って、得にここ最近、すごく眠そうだけど、ちゃんと寝てるの? なんだか、薄っすら隈もできてるし……」
突拍子もない質問に少し、たじろぎつつ、図星な悩みを言い当てるこの友を凄いと感心してしまった。
ここ最近、睡眠は確かに十分とっているのに、どうしても眠くなってしかたないのだ。
数年前からこんな感じだから、病気か?と疑って見ても、検診で引っかかることもない、これまでに病気や大きな怪我だってしたこのない、至って健康な体なのだ。
原因なんて何も思いつかなかった。
「寝てるのに、眠いんだよ~」
言葉を返す私を見て、ちゃんと寝てないとでも思ったのだろう。
「夜更かしもほどほどにね」
私はそれに小さく「うん」と答えた。
チャイムも鳴り、ついさっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返った教室。
先生が黒板にチョークで英文を書き出す。
それを追うように皆、ノートにペンを走らせた。
私も皆に習うようにペンを持ち、黒板に目を向けた矢先、感じる違和感。
視線……?
目だけをその方へ向ければ、ある男子と目が合った。
前方入口ドア側の席に座るどちらかというとかっこいい部類に入る男子は全くと言っていいほど、話したことがない。
確か彼は……
頭の中の薄い人名辞書を開き名前を思い出す。
「おい、西川どうした?」
あっそうだ。
西川海斗!
いつの間にか私たち生徒のほうを向いていた教師は教科書を開きながら、海斗に話しかけていた。
「いえ、何でもありません」
彼はそう答えると何もなかったように前を向いた。
何だったんだろう?
確かに私をみてたんだけど、気のせいかな?
机上の桜の花びらがふわりと舞い、床に向う。
始まり出した授業を半分耳に入れつつ、花びらを目でおった。
まだ、頬に感じる穏やかな風とまっすぐに落ちる花びらはまるで、羽を失った鳥のようで、私の忘れてしまった感情を思い出させるようだった。
緩む涙腺を閉じようと、瞑った瞼の裏には何故か海斗の先程の揺れる眼差しが見えた。
これが私とあなたの出会い
(あなたはとっくに気づいていたのかもしれないけれど、これが私にとってあなたを意識した最初だったから)
私とあなたの"瞳の遭遇"ーー
と言う母に私の口からでるのは
「ミキとの遭遇」
そのまま通り過ぎて出かける準備をしている母の顔に笑顔が零れた気がして、私も笑いながら
「分かった?」
なんて言えば、
「分かってるわよ!」
と笑い声が零れて、
「"未知"との遭遇(映画のタイトル)に掛けたんだよ」
と私の笑い声も母の笑い声に重なる。
穏やかで和やかな日常のひと時。
キキキ- ドゴンッ
14時37分 御臨終ですーー
そんな日常が壊れる日なんて、誰が想像した?
あの日、母は帰らぬ人となった。
赤信号を無視して侵入してきたトラックと母が運転する車が衝突。
ほぼ即死だったそうだ。
涙は出なかった。
ただ目の前の、残された者がやるべき事をこなしていった。
とはいっても、私は中学入ったばかりの子供だったから、ほとんど叔父や母方の祖母家族に任せっきりだったが。
私は薄情な娘と思われたかもしれない。
それでも、いいと思った。
一度涙したら、もう止まることさえないように感じた。
母の死を本当に受け入れてしまったようで嫌だったからーー
あれから4回目の春を迎え、私ーー灰原美紀は高校3年生になっていた。
教室の窓から暖かい匂いを帯びた風が入る。
私は肩肘を机につき、その手を頭の支えにして、窓辺をボ-と眺めていた。
風で紛れ込んだ桜の花びらが私の机上で止まった。
「美紀!何を昼休みなのにボケてるのよ」
肩を揺さぶられ、崩れそうになるバランスを崩してなるものかと確固たる決意を元に耐え切り、気だるそうに私は声の主の方に顔を向けた。
「ボケてるんじゃなくて、ボーとしてるの。相変わらず、元気ね。真奈美は……」
少し口を膨らまし怒ったふうな態度を取る目の前の彼女--岡本真奈美は中学時代からの親友で、私の母が亡くなった事も知っている。
あれ以来、"口数が減って、面白くない"といって、真奈美は私を見かければ直々声をかけてくる。
元々、どちらかと言えば話すより、聞く方が好きな事は自分でも分かっていたし、口ベタな事を気にしたこともあったが、今ではそんなことはどうでもいいと思うようになった。
"美紀ってね。口数少ないけど、一つ一つの反応が面白いだよね!あっ、もちろん馬鹿にしてるんじゃないからね"なんて、目の前で両手を振って否定の素振りを見せていた真奈美がいたからだろう。
持つべきは友だなとしみじみと感じた。
「じじくさいこと言わないでよ」
真奈美は少し大げさに机を叩いた。
「食後だよ。私は眠くて仕方ないの」
欠伸を噛み締めていると、おもむろに体が揺れた。
気づけば、真奈美が私の手をとり、窓辺に進む。
「じゃあ、ここで日向ぼっこしよ」
窓の手すりに共に頭を預け、さっきと同じくボーと外を眺める。
クラスが分かれてもこうやって、私を気にしてくれるこの友は本当にいい奴だと思いながら、目の前に聳(そび)える桜の木を眺めた。
この季節は嫌いだけど、好きだった。
この温もりがなんだか、私を優しく包み混んでくれるようで……
横を見れば真奈美がジッと私を見ていた。
「美紀って、得にここ最近、すごく眠そうだけど、ちゃんと寝てるの? なんだか、薄っすら隈もできてるし……」
突拍子もない質問に少し、たじろぎつつ、図星な悩みを言い当てるこの友を凄いと感心してしまった。
ここ最近、睡眠は確かに十分とっているのに、どうしても眠くなってしかたないのだ。
数年前からこんな感じだから、病気か?と疑って見ても、検診で引っかかることもない、これまでに病気や大きな怪我だってしたこのない、至って健康な体なのだ。
原因なんて何も思いつかなかった。
「寝てるのに、眠いんだよ~」
言葉を返す私を見て、ちゃんと寝てないとでも思ったのだろう。
「夜更かしもほどほどにね」
私はそれに小さく「うん」と答えた。
チャイムも鳴り、ついさっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返った教室。
先生が黒板にチョークで英文を書き出す。
それを追うように皆、ノートにペンを走らせた。
私も皆に習うようにペンを持ち、黒板に目を向けた矢先、感じる違和感。
視線……?
目だけをその方へ向ければ、ある男子と目が合った。
前方入口ドア側の席に座るどちらかというとかっこいい部類に入る男子は全くと言っていいほど、話したことがない。
確か彼は……
頭の中の薄い人名辞書を開き名前を思い出す。
「おい、西川どうした?」
あっそうだ。
西川海斗!
いつの間にか私たち生徒のほうを向いていた教師は教科書を開きながら、海斗に話しかけていた。
「いえ、何でもありません」
彼はそう答えると何もなかったように前を向いた。
何だったんだろう?
確かに私をみてたんだけど、気のせいかな?
机上の桜の花びらがふわりと舞い、床に向う。
始まり出した授業を半分耳に入れつつ、花びらを目でおった。
まだ、頬に感じる穏やかな風とまっすぐに落ちる花びらはまるで、羽を失った鳥のようで、私の忘れてしまった感情を思い出させるようだった。
緩む涙腺を閉じようと、瞑った瞼の裏には何故か海斗の先程の揺れる眼差しが見えた。
これが私とあなたの出会い
(あなたはとっくに気づいていたのかもしれないけれど、これが私にとってあなたを意識した最初だったから)
私とあなたの"瞳の遭遇"ーー